『グレース』というロシア映画を観てきた。
ロシア映画が締め出されつつある中、カンヌ国際映画祭で監督週間に選出されたそうな。これがまたなんとも良かったのだ…!
ほ〜どんな映画か気になるな
そんなわけで観てきた感想なんかを書き記しておきたい。
※以下、映画の内容に触れているのでご注意ください。
『グレース』のおおまかなあらすじ
ロシア南西部の辺境、コーカサスの険しい山道にて。
岩山を流れる小川に少女(マリア・ルキャノヴァ)がしゃがみ込んでいる。上着や服の裾が濡れるままに、下着の汚れを落としていた。彼女が戻る先には赤い古びたキャンピングカーがある。車から出てきた女に少女は「血が出た」というと、女は生理用品を渡す。女が去ったあとに少女の父親(ゲラ・チタヴァ)が車から出てくる。少女はうんざりしたように父親をチラ見し、「海に行きたい」と呟き車に乗る。
父親と娘は旅を続けていた。南から北へと縦断する旅である。インターネットも繋がらない地域を、屋外での移動映画館や海賊版のDVD販売で日銭を稼ぎ、ガソリンは闇市の情報を常にチェックして仕入れ、警察がすぐにはこれない地域をひたすら旅している。思春期の娘は気だるげな面持ちのままに日々何かを溜め込むかのように生活していた。
少女の唯一の楽しみはポラロイドカメラでの撮影である。風景や、ときには父親に頼み気になる娼婦の女性を撮影させてもらったり、荒野の移動映画館に集まったドライバーたちを撮影していた。
ある日立ち寄った村で上映会を開けば、椅子を持った村人が続々と集まってくる。少年(エルダル・サフィカノフ)が設営を手伝ってくれた。彼の目には旅を続ける二人が自由に見えていたようである。翌日、違法な行いが露見して警察が来てしまい、二人はキャンピングカーに取り付けていたタープもそのままに車で走り去る。その後を少年はバイクで追いかけてきた。しかし父親にどやされて彼は追い返される。
父親と娘は北極圏のバレンツ海沿いを走る。寒々と朽ちゆく廃屋が点在する。道中魚が大量死した区域が封鎖されており、やむなく二人は迂回し、気象観測所で働く女性(クセニャ・クテポワ)の屋敷に泊めてもらうことになる。彼女は二人に温かい魚のスープをふるまうも、父親はそれとなく娘を車に行かせ、娘の中で渦巻くどんよりとした感情はすでにして溢れかかっていた。車にこもっていた少女のもとに、今一度追いかけてきた少年が現れ…。
『グレース』のほんわか感想
ロシアの辺境にて
不思議な魅力のあるロードムービーだった。
絶望的に広いロシアの辺境にて、美しくも荒涼とした観たことのない景色が感じさせる停滞と閉塞に身がすくむ。かつて人々が多くいた時代はとうに終わり、そこはすでに遺跡のようになりつつもある。そんな景色を日常として漂うように旅し、やり場のない想いを内に抱え込んでいるであろう思春期の少女の物語に不思議と魅入っていた。登場人物たちは名前も来歴も明かされることはない。ほんのりと、娘には母親がすでにいないこと、長い事旅を続けていることだけがわかってくる。
十代半ば〜後半くらいであろう少女(というか年齢もはっきりしない)は、ほとんどずっとこの漂流生活をしていることになるんだよな…
そしてその物語は、ひとつの目的地であったある海辺にて、少女が抱え続けていたもろもろを解き放って静かに終わる。旅に戻る彼女の中の何かが変わっていくような、願いにも似た余韻が残る映画であった。
カメラワークの妙
意外性のあるカメラワークが印象的だった。
ズームインやズームアウトは構図の中のさまざまな関係性が地続きながらも変わっていく様を見せ、しまいには全く別の物語を切り取りはじめたりもする。二人が寝床につき娘がおもちゃのプラネタリウムをつけるシーンは、車の外から見てもカーテンに星の模様を映し出すのだが、ズームアウトしていく内にそれは路傍の景色に溶けていき、先程娘がポラロイドカメラで撮影したと思われる娼婦が運転手に声をかけられトラックの中へと導かれていったりするのである。
またラストシーンの長回しの手持ち撮影も非常に印象深いカメラワークであった。遠景からとらえた彼女がカメラのそばをかすめるように抜け、海に分け入る様子を追いかけ、ことを終え車へと戻っていく娘を海側から見守るよう撮影し続ける。波に押されてブレるのもそのままに彼女が見えなくなるまで撮り続けるのだ。この静謐な物語において、変化への歩みを進めようとする彼女の姿をより印象的に映し出すシーンであった。
5000キロの旅
ロシアの多様さを垣間見れるという点も異国の作品を如実に感じられて面白かった。
親子の道中には様々な聞き慣れない言語と、様々な人種の人が現れ(それこそ日本人によく似たモンゴロイド系の民族も写し出されるのだが)、広大なロシアにはやはり多くの人々が生活していることが実感できる。この映画の旅の道中に出演している人々はその土地の人で、ロケハン時にキャスティングがされていたという。さらに言えば劇中5000キロにも及ぶ旅路は、スタッフとキャストが実際に辿っているのだそうな。で、さらに事前の準備で3度踏破されたうえで改めて時系列順に記録するように撮影に至っているのである。
入念な準備があったんだな〜
監督はそれまでドキュメンタリーを撮影していた人で、終盤のコラ半島あたりでも作品を撮ってるみたいだな。時系列順の記録風な撮影はその来歴から来てるのかも。それにしても恐いくらいに広大さを感じる作品だった…「荒涼」ってことばがこんなに自然と思い浮かぶ場所もそうないゾ。あと音楽も荒涼さを際立たせてて素晴らしい…!結構不穏な使い方なんだよな〜
2ヶ月ほどの撮影期間の中で撮影時に17〜18歳だったというマリア・ルキャノヴァにどこか変化が観られるのも監督のこの撮影方法によるものなのかも知れない
おわりに
ということで、『グレース』を観た!という話である。
キービジュアルに妙に惹かれて観に行ったが、観てよかった…!
色んな国の作品が観れるほうがいいよね〜
ちなみにgraceとは恵みのこと。原題は「Блажь | Blazh(愚かな気まぐれ)」となっている。