音楽プロダクションWACKは毎年オーディションを敢行している。
そして2018年のオーディションの様子を切り取った映画作品が2019年1月に公開された。
「世界でいちばん悲しいオーディション」である。
トリ
かなり心揺さぶられる作品である(それはもう急角度で多角的に動揺した)。
今回はその映画の魅力について紹介させていただきたい。
ついでに1月27日の舞台挨拶の様子もお届けする。
【映画】世界でいちばん悲しいオーディションを観た
【せかかな】世界でいちばん悲しいオーディションとは?
BiSH、BiS、GANG PARADE、EMPiRE、WAggが所属するのが、渡辺淳之介氏が社長を務める音楽プロダクションWACKである。
どのグループも非常に独自の魅力を強く持ったアイドルグループである。映画『世界でいちばん悲しいオーディション』は、WACKのグループに加入すべく、2018年の合宿型オーディションに参加した候補生たちの姿を克明に切り取ったドキュメンタリーである。
監督は岩淵弘樹氏である。
オーディションの舞台 九州の離島・壱岐島
冒頭、候補生一行を乗せたフェリーを空撮した非常に美しい映像が流れる。
その映像に合わせて流れるのは挿入歌の一つEMPiREの「アカルイミライ」である。
フェリーの行き先は九州の離島壱岐島。そこがオーディションの舞台となる。
日常と隔絶された舞台にて、24人の候補生たちは全員18歳となり仮の名前を与えられて最長1週間を戦い抜くことになる。
世界でいちばん悲しいオーディションの見どころ
失敗者達の物語 なぜか合格者ほど目立たないオーディション
オーディションでは毎晩不合格者が宣告される。
そして翌朝島を去ることになるのだ。
不合格者には束の間のインタビューが挟まれる。
その最中に不意に候補生から不合格者の顔に変わっていく女の子達の感情の沸点を感じることができる。
対して合格者は淡々と、しかし強い意志を持って落ちないための努力を重ねている印象を受ける。
そんなわけで合格者はあまり目立たないのである。
そして観る側に返ってくる「それでいいのか?」
「不合格者になった子達へ抱く思い」というのは、ともすれば観る側にとっても常に付きまとうと思わずにはいられない。
客観的に観て「そうしちゃだめだろ」、という思いを抱いたとして、そんな言動を自らがしていないだろうか?
オーディションなんて状況にはそうそう身を置かないわけだが、日々の仕事・生活に置いて「そうしちゃダメだろ」な選択をすることはないだろうか?
ふとそんなことを考えた時に、筆者のように人生から逃げ回って生きている人間には空恐ろしいものがある映画と言える。
「悔いのないようにやれ」というのは映画の中で渡辺氏が度々候補生へ投げかける言葉でもある。
渡辺氏へのインタビューによると、それはある種渡辺氏本人に向けた言葉でもあるという。
渡辺氏自身もこの映画の内容は自ら受け止めているのだろう。
ということでなかなかヒヤヒヤする映画である。
役割を深めていくこと 順応する出演者
劇中、参加者の一人が「自分の名前を忘れそうになる」というコメントする。
それは「候補生」として順応したということだろう。
合宿開始から数日経つと明らかに候補生の顔立ちというか、意識のようなものが変わりゆくのを感じることができる。
特に現役組が合流して練習に加わってからその様は顕著である。
そして最終的に合格者には明らかな変化と成長が伺える。
インタビューでは渡辺氏も「合格させようと思っていた候補生がほとんど落ちて、残すつもりがなかった子が残った」という旨の発言をしている。
その合格者の順応する力が渡辺氏の見方を変える力となったのであろう。
また現役組として参加したペリ・ウブは劇中、次のようなことを語る。
「BiSのペリ・ウブ」という自分の役割を突き詰めた時に自分らしさに行き着くのだ、と。
役割の追求はアイデンティティとなりうるのか、アイデンティティの喪失なのか、ということを考えさせてくる側面も持ち合わせているのだ。
役割の追求と順応するということはこの映画の一つのテーマに違いない。
【写真あり】せかかなの舞台挨拶を観た@テアトル新宿【BiSH】モモコ・チッチ・リンリン
という事で上映後、頭がぐるぐるしていた筆者をよそに舞台挨拶が行われた。
参加メンバーはBiSHよりモモコ、チッチ、リンリンの3名である。
印象的だったのは、映画の最終盤に候補生のうち1名を除いて合格した後のシーンでのリンリンについての話である。
WACKメンバーが一堂に会するイベントでの合格発表後、唯一落ちてしまったその候補生をリンリンが気遣うシーンが映っているのだ。
ラストに1人だけ不合格という状況のキツさを慮ったとのこと。わずかな時間のうちに手紙を書き記し、その候補生渡したのだという。
これから行くべき道を自分で見つけて行って欲しい、といったことを書いたそうな。
ちなみに映画本編でも、その落ちた候補生の子は落ちた理由を自分なりに分析しており、ある種説得力のあるものであった。そしてその状況を受け入れていたようであり、その様子はなかなか魅力的だったことをここに記したい。
【せかかな】併せて読みたいインタビュー
参考
【インタビュー】BiS×渡辺淳之介、オーディションドキュメンタリー映画の真相「合格することがゴールじゃなくて、そこから始まる」BARKS
BiSから4名と渡辺氏を交えたインタビュー。
当時の候補生だったトリアエズ・ハナとミュークラブ、そして現役組として合宿に参加していたペリ・ウブとパン・ルナリーフィが渡辺氏と合宿の様子を振り返る。
参考
まさに“アイドル版フルメタルジャケット” 壮絶なオーディション合宿の7日間を映し出した映画『世界でいちばん悲しいオーディション』【インタビュー】FILMAGA
BiSHのモモコグミカンパニーとGANG PARADEの月ノウサギと渡辺氏を交えたインタビュー。
渡辺氏の印象を二人が語るところからは始まり、オーディションを合宿にした経緯や審査基準などについて語られる。
参考
BiSHモモコグミカンパニー×渡辺淳之介が語る、エンターテインメントの世界で生きていくこと
モモコと渡辺氏のインタビュー。モモコ参戦の経緯などが語られる。また合宿というものが渡辺氏自身のブートキャンプにもなっているというエピソードも印象的である。
参考
岩淵弘樹監督が振り返る、全身全霊を懸けた1週間 「“変化と順応”がこの作品のテーマ」<br />
監督の視点で、この映画に何を観てどうとらえたのかが語られる。
渡辺氏が毎度トイレで用を足しながら話をするというシーンの真相も語られる。
参考
【INTERVIEW】アイドルを目指す女子24人を鬼才・岩淵弘樹が映し問う「アイデンティティ」の在りかStoryWriter
合宿にライターとして参加していた西澤裕郎氏による岩淵監督のインタビュー。しかし監督から西澤氏への問いかけもままあり対談の様相を呈してもいる。
三人称視点の小説のごとき客観的な映画としてせかかなが構築された裏側が印象的。
5人のカメラマンの役割などにも触れられている。
おわりに
ということで「世界でいちばん悲しいオーディション」を観た、という記事であった。
はっきりいっておすすめ映画である。
真っ当に自分の人生を生きれてない、なんていう思いが拭えない人にはグッサグサに刺さってくる映画に違いない。
一つの側面から見れば、アイドルのオーディションというのがここまで過酷なのかという映画である。
渡辺氏はこういった試みを通して、「人の心を動かすもの」を作り上げようとしているのであろうということも垣間見える。
そしてそれは本気な心からしか生まれないに違いない。
だから渡辺氏は劇中非常に厳しい姿勢を見せる。あまり周りにいないであろう「本気でぶつかれる大人」という役割に徹するのだ。
そしてまた別の側面から見れば、そんな渡辺氏の作るものを切り取った岩淵監督が浮かび上がったテーマを際立たせるべく映像を構築していることが伺える。
そしてアイデンティティってなんだ? といったことを問いかけてくるのだ。
是非観ていただきたい一本である。
いやはや、それにしてもせかかな、面白いものである。